公害と健康:みんなで出来ること

人類のこれまでの歴史は文化や科学創造そしてその媒介としての経済活動の歴史であったと同時に公害排出の歴史であったと言えるでしょう。18世紀、英国に端を発した産業革命はまさにその先例です。我が国でも1883年、足尾銅山鉱毒事件は公害運動の原点と言えます。

第2次世界大戦を終末に導いた広島、長崎の原爆による被害は今もなお被災者に影を落としています。戦後1954年のビキニ環礁水爆実験による日本漁船員の放射能被害、そして1955年に報じられた神通川イタイイタイ病、翌年の水俣病などは公害病の原点と言われています。公害物質の排出量の増加は、20世紀になって、かって人類の歴史には見られなかったほどに急激に増え、益々加速しています。

その結果、空気、水、土壌全てが汚染の度を増しています。空気の汚染は直接的に、肺を通して体内に、水、土壌の汚染は農産物を通し、また動物の食物連鎖を通して人の体内に取り込まれていきます。最近新しく発生した種々の動物を介したヴィールスによる感染性疾患群もまた間接的な公害病と言えます。それら汚染物質は工場や車、個々の家庭から排出された二酸化炭素、窒素酸化物、粉塵、種々の科学物質、鉛、水銀などの重金属物質、放射性物質等です(1,2,3,4)。この度の福島原発事故は人為的公害の最たるものでしょう。

そして地球上の崩壊ベルトと呼ばれる中南米、東南アジア、アフリカにおける森林破壊の急速な進行です。その原因をさらに掘り下げていくと、先進国の利己的国益主義、発展途上国の急速な経済発展と富裕対貧困の二極化にあります。それに追い討ちを掛けているのが、戦争による文化や自然の破壊、有害化学物質の拡散、核物質による放射能排出等です。これら有害物質はその地域に留まらず、偏西風、海、交通、食物などを介して地球規模で拡大しています。

勿論、人類は其れを黙って見過ごしているわけではありません。国連による種々の国際的機構、NGOや各国独自の対策が講じられています。問題は、汚染の広がりやスピードがその対策を遥かに上回っていることだと思います。その対策は、急速に進む公害に有効に対処できるのでしょうか。其れは結局、我々各個人の意識に委ねられているとしか言えないように思います。公害は今や一企業に止まらず、各個人の生活スタイルにまで遡れるまでになりました。つまり我々一人一人が公害の加害者であると同時に被害者でもありえるという複雑な経済社会機構になっているからです。その解決の為には、資本主義の市場経済至上主義の負の側面を十分に認識することではないでしょうか。

資本主義経済においては、企業の収益を上げるためには、生産量を増やすと同時に生産効率を上げる必要がありますが、生産量を増やす為には、消費者の消費量をいやがうえにも増やさねばなりません。その為には企業側は消費者の消費量を増やすあらゆる手段を講じなければならず、消費者が其れに乗らなければなりません。ここに消費者の無駄な消費が生じかねません。生産効率を上げる為には、有能な人材を確保し、有能でないものは切り捨てていかねばなりません。有能な人材を確保する為には、市場原理に則り人を金銭で売買する必要が生じます。ここに人間としての尊厳や倫理観の喪失が必然的に生じます。

資本主義の経済効率至上主義をいま見直されなければ、終局的に人類の破滅に繋がります。これら資本主義経済の負の側面を人類はこれからどのように解決していくかが、人類存続の重要な鍵を握っていると思います。
このような資本主義経済の負の側面をカバーするためには、国を挙げて、また国連においても人類の叡智を結集して緊急にやらねばならない課題が数多くあります。それでは、各個人は其れを待つ以外に方法はないのでしょうか。我々一人一人に出来る事はないのでしょうか。いくらでもあります。

卑近な例を挙げると、車の排気ガスをどのように減らすか、或いはその中に含まれている有害物質をどの程度減らすか、を真剣に考える必要があります。運転者はアイドリングをなくし、なるべく低公害車を購入し、スピードを制限するなどは各自出来るはずです。自家用車の使用を各自最小限度に制限し、公共の交通機関を利用すべきです。

自治体としても、それを積極的に推し進める必要があります。東京都は遅まきながら、自治体として車の排気ガスに対してはその対策を取り始めました。さらに、家庭内から出される塵、排水などにも、もっときめ細やかな対策が望まれます。また再生利用製品に対しても国や自治体は税金面でさらに奨励する対策を練るべきでしょう。例えば乾電池使用を極力控え充電式に切り替えることを各個人や自治体で積極的に奨励する必要があります。

農作物に対しても、化学肥料は確かに簡単で有効ですが、長い目で見ていくと経済効率からも医療経済からも決してよくありません。除草剤や殺虫剤の使用も自然破壊に繋がります。それに対処する為には草刈機を使用したり虫の天敵などをもっと積極的に保護利用し、また国や自治体としてもこの方面の研究を奨励してくべきです。松くい虫予防空中散布などはあまりにも浅薄な行為です。また最近問題なのは、遺伝子組み換え農作物です。自然の生態系を破壊し人体への影響が懸念されます。特に胎児や発育中の子供に対する影響です(1)。

公害について物質面からだけ述べましたが、資本主義の市場経済至上主義的考えは、精神面、倫理面で多くの問題を孕んでいます。運送活動としての自動二輪やトラック、バス等による騒音、遊戯店、飲食店、列車やホームにおける必要以上の音楽や拡声器の音量、宣伝カーや街頭演説の甲高い音もまた資本主義経済の落とし子と言えます。これらの音は騒音ストレスとしてヒトの精神活動や自律神経機能に直接的に重大な影響を及ぼし、心や身体の健康を蝕んでいます(5)。静かな環境を取り戻し、それをみんなで守るよう、また国や自治体レベルからも積極的に取り組む必要があります。

資本主義経済は我々に多くの生活の豊かさや便利さを提供してくれている反面、上述したように影の部分を同時に内包しています。影の部分の問題解決のためになされなければならないことは、個人レベルから地球規模のレベルまで、気の遠くなるような多くの課題を抱えてしまっている今日、先ず、各個人の意識改革が必須ではないでしょうか。そしてそれを身の回りの出来ることから始め、草の根的に広げていくしかないように思います。

(2011.05.30.更新)


【文献】

1. Swanson JM, Entringer S, Buss C, Wadhwa PDDevelopmental origins of health and disease: environmental exposures. Semin Reprod Med. 2009 ;27:391-402

2.石弘之:地球環境報告、岩波新書、1988

3.原田正純:環境と人体、世界書院、東京、2002

4.WHO: Environmental Pollution, http://www.who.int/health_topics/environmental_pollution/en/

5.Allos BM, Moore MR, Griffin PM, Tauxe RV: Surveillance for sporadic disease in the 21th century: the FoodNet perspective. Clin Infect Dis 38 Suppl 3: S115-20, 2004

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