タバコの直接・間接害

2010年11月2日(火)

タバコの健康に対する害については既に科学的に証明された事実です。1970年代初期までは、その害について動物実験では証明されていましたが、もうひと つ人における疫学的・統計学的調査が十分ではありませんでした。1970年代後半から1980年代になって米国のNational Cancer Institute(NCI,国立癌研究所)が主となりきちんとした疫学的・統計学的調査によって、喫煙が癌の原因になることが明確になりました。さら に、直接喫煙より間接喫煙のほうが10倍以上毒性の強いことも解ってきました。1990年代、米国では間接喫煙によって肺癌になった女性が タバコ会社や自分の勤めている会社を相手取って、多額の賠償訴訟を起こし、それを勝ち取ったことは新聞記事等で記憶に新しいところです。米国政府もその調 査にいち早くのり出し、タバコ会社に喫煙は健康に有害であることを商品に表示することを義務づけました。またニューヨーク州はそれに早速対応し、公衆の場 所での喫煙を禁ずる法令を作り実施しました。その後、米国の各州もそれに習い次々に公衆の場所での喫煙を禁ずる法令を出しました。ニューヨーク医師会は医 師に対する喫煙を禁じております。かなり厳しいもので、喫煙者は医師免許停止処分になります。患者に指導する立場にあるものが、喫煙することは許されない という理由からです。同じアジアでも、シンガポールは公衆の場における喫煙にたいしかなり厳しい罰則を科しています。
それに比べ、我が国の現状はどうでしょう。具体的な実の有る対策は一切とられておりません。JT(日本タバコ株式会社)は相変わらず、どうにでも取れる 表現で逃げています。「あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎには注意しましょう」です。吸い過ぎとは1日何本を言うのか、吸いすぎなければ 健康に害がないのか、なんともおぞましい広告です。

米国は医療経済がかなり進んでいて、その報告によると、タバコ会社やタバコ喫煙者から得られる税金の収入と、喫煙が原因で発生する癌や循環系疾患、其の 他の疾患による医療費支出とを比較すると、後者がずっと多額であることが報告されています。つまり、国民がタバコを吸わない方が国家財政的にも遥かに有利 であると言うことです。
何よりも重要なことは間接喫煙がより有害であることを、もっと知っていただきたいことです。タバコ喫煙本人は自らの健康障害を誘発していることもさるこ とながら、同時に周囲の他人に対してもより大きな健康被害をもたらしていることをちゃんと知って欲しいと思います。他人に癌を植えつけるばかりでなく、他 人に脳卒中、心臓疾患、喘息発作、小児の突然死、などを惹き起こしかねないのです。副流煙の安全基準というものはありません。つまり、いかに低濃度の副流 煙でも他人に健康被害をもたらす恐れがあるということになります。
癌死の原因調査でタバコによると考えられる確率は、ハーバード大学の調査でも、Doll and PetoやMillerの調査でも約30%です。最近の野口氏の調査では、肺癌を含め癌になる確率は男子喫煙者の40%、女子喫煙者の50%と考えられる としています(肺癌のみでは男子喫煙者の約8%、女子喫煙者の約10%)。また、夫が喫煙者で妻が非喫煙者の場合、妻が癌になる確率は、30―35%と考 えられるとしています。
直接喫煙、間接喫煙による煙の中にはベンツピレンなど発癌物質が60余も含まれているのです。それが口腔や咽頭喉頭、胃、気管支、肺胞に直接害を及ぼすばかりでなく、血中に移行し全身の臓器に癌発生のリスクを与えているのです。

喫煙は癌を発生させるばかりでなく、米国の心臓死の30%は喫煙が原因とされています。脳卒中、末梢血管障害、慢性肺疾患を惹き起こすリスクを増大させ ることも証明されています。また喫煙者はインシュリン非依存性糖尿病になるリスクが非喫煙者の2倍になることも知られています。つまり、喫煙者の60%以 上が直接喫煙によって癌や心臓疾患・脳卒中のいずれかで死亡する確率になります。
著者の留学していたメイヨークリニックの調査では、両切りタバコ時代よりフィルターつきタバコ時代の方が、肺癌の中ではより悪性度の高い腺癌が有意に増 加している事が示されています。我が国における野口氏の調査でも1985‐1997年間において男子の肺癌のうち腺癌が扁平上皮癌を上回るようになり、女 子では腺癌が約60%を占めています。この事から野口氏は腺癌の増加はフィルターつきが原因と考えられると報告しています。また、毒性のより強い副流煙に よる間接喫煙も腺癌が出来やすいと考えられるとしています。著者の専門とする手術中の全身管理や救急領域の患者さんにおいても、喫煙者は術後呼吸障害を起 こしやすく、呼吸管理に手間取ります。
このようにタバコの害は私達が考えている以上に深刻です。それでもなおタバコを吸いたい方は、副流煙が少しでも外に漏れない気密な部屋で吸うしかありま せん。他人に害を及ぼさないように。何故なら前述したように副流煙にはこの値以下は安全であるという安全濃度閾値がないからです。職場だけではなく、食 堂、喫茶室、道路を含め公衆の場所では全て禁煙にすべきです。禁煙席を設けてある店はまだましですが、それでも、残念ながら喫煙席から流れてくる副流煙か ら逃れることはできません。JR構内やフォームでわざわざ喫煙コーナーを設けているのは如何のものでしょう。非喫煙者には迷惑なコーナーです。遠く離れて いても副流煙に悩まされた経験のある非喫煙者は多いと思います。まさに公害というものです。

こう言う私も実は1970年代までは愛煙家でした。タバコによる害がまだその頃までは、はっきりしていなかったこともあります。特に副流煙による毒性が これほどまでに強いとは知られていませんでした。紙巻タバコはおろか、葉巻、パイプタバコと吸い放題でした。子供の前でさえタバコの煙による輪を作り得意 になっていたのですから。その害が科学的に証明された1980年代初期には既に止めましたが、その害はこれからでるかもしれません。それが自らの健康被害 としてなら自業自得ですが、その害は家族や他人の健康被害としてこれから出るかもしれないのです。無知による罪悪というべきでしょう。反省してももう遅い のですが、その罪滅ぼしに、その害に付いて医師として一般の方々や患者への説得を通し強力な啓蒙をするしか方法がありません。

医療提供者側も行政側ももっと積極的にタバコの直接の害のみならず間接的な害をプロモートすべきではないでしょうか。


【主な文献】

  1. American Cancer Society:Statistics for 2004
  2. Ezzati M, Lopoz A. Estimates of global mortality attributable to smoking in 2000. Lancet362:847-852, 2003
  3. Peto R, Lopez A, Boreham J, Thum M, Heath CJ Mortality from smoking in developed countries 1500-2000. Oxford University Press, New York,1994
  4. Shafey O, Dolwick S, Guindon GM: Tobacco Control Country Profiles. Atlanta: American Cancer Society. http://www.globalink.org/tccp; 2003
  5. Warner K, Hodgson TA, Carroll CE: Medical cost of smoking in the United States: estimates, their variability, and their implications. Tob Control 8:290-300, 1999
  6. Leonard B: Cancer Prevention and Control.Bureau of Health, Maine Department of Human Services, 2000
  7. Medical Tribune 33(15),P20,2000

2010年11月 2日 (火) コラム『平成養生訓』

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