癌死の原因と予防

2010年11月3日(水)

我が国では癌死が年々増えているのに、米国では減少の一途を辿っています。米国の癌協会(ACS)が1930年代よりきちんとした統計を報告していますので、それを見ますと、男性では、肺癌や前立腺癌による死亡が1990年ごろをピークに急速に減じ、また大腸・結腸癌による死亡はすでに1980年ごろから次第に減少しています。一方、女性では、肺癌死が1960年代半ばから増加のスピードを増し、2000年代になってようやくプラトーに転じています。女性の乳癌による死亡は1990年頃から急速に減少し、大腸・結腸癌による死亡は1940年代あたりから、また子宮癌、胃がんによる死亡はそれ以前より減少しています。これは何故でしょうか。
その理由を探る為に、Doll and Peto, Miller, ハーバード大学など3施設の調査による癌死の原因・因子に付いての疫学的調査の表を見てみましょう(表)。この表から言えることは、癌死のリスクファクターとして、タバコと食事がそれぞれ約30%ずつ、両者を合わせると49-65%となる事が3報告ともに一致していることが解ります。「タバコによる直接・間接害」の項で述べましたが、米国では行政と医療提供者の強力なキャンペーンによって、1980年代よりタバコ喫煙者が減少し、公共の場での喫煙が禁止され、直接喫煙、間接喫煙の害が減ったことによるとされています。また、食事内容の指導もある程度寄与していると考えられています。
これらのデータから推計すると、喫煙をなくし、食事内容を注意すれば癌死のリスクを60%の確率で減少させることが出来るわけです。それに比べれば、遺伝的素因による癌死のリスクファクアーは5-8%と意外に小さい事もわかります。尤もこの数値は集団の集計ですから各個人における確率ではありません。癌の種類によっては遺伝的素因が大きなリスクファクターであることもあります。しかし、遺伝的素因は将来、遺伝子診断技術が進めばかなり早い時期に、あるいは前もって予防する事も出来るようになるでしょう。
これらの事を考慮に入れますとこの表の数値も将来次第に変わってくる可能性があります。例えば、環境汚染や食品添加物などの比率は現時点における調査ではまだ数値の上では小さいのですが、将来、大きな数値となることも予想されます。癌になるには10年、20年単位の「潜伏期」があるとされますので、今すぐにその害が現れるわけではありません。10年あるいは30年先に現れるかもしれないのです。
癌にならない為の予防対策については世界癌研究基金・米国癌研究協会によって提唱された15か条が我が国でも奨められています。それを簡単にまとめますと、

  1. 植物性食品を主として摂取する
  2. 肥満を避ける
  3. つとめて運動をする
  4. 野菜や果物類を食べる(400-800g以上)
  5. その他穀類・豆類・芋類・バナナなどを食べる
  6. 飲酒しない(1日男性なら1合、女性なら5勺まで)
  7. 赤身の肉は1日80g以下に制限する
  8. 動物性脂肪を控える
  9. 塩分は1日6g以下に制限する
  10. 古い食品(カビ)を避ける
  11. 食品は冷蔵庫か冷凍庫で貯蔵する
  12. 食品添加物や残留物質は規制下で摂取する
  13. 焦げた食物は避ける
  14. 栄養補助食品は役に立たない
  15. タバコは吸わない

この15か条を概観すると、かなりのウェイトを食品に置いていることが解ります。喫煙に対しては最後につけ加えてある程度です。
それに対し、3施設の報告をまとめた下の表のデータをそのまま生かして予防対策を15か条にまとめると、まず最も重要な因子である喫煙、食事からスタートすべきです。すなわち以下のごとくなります。

  1. タバコを吸わない、吸わせない
  2. 食事のバランスをよくする(動物性脂肪を控えめに、繊維の多い食物を摂るなど)
  3. 感染症に罹患しないよう注意する
  4. 仕事で無理をしない(ストレスをためない)
  5. 遺伝的素因のある人は早め早めに定期的にチェックをする
  6. 清潔で調和のとれた性生活をいとなむ
  7. 長期の座位をなるべく避ける(例えば、しばらく立位で仕事をしたり散歩するなど)
  8. 乳幼児期・成育時期に健康に関する教育をおこなう(食事、運動、環境を含め)
  9. 地理的条件の良い所に住む(これには多くの因子が含まれているが、特に光、放射能)
  10. 酒を飲みすぎない(これには、個体差、民族差が大きいので、その量は一律には定められない、自らの適量は自ら決めるしかない)
  11. 一般の健康管理や医学的常識に関する教育水準を上げ、行政や医療提供者側も積極的な啓蒙活動をおこなう
  12. 生活廃水、工業排水、石油燃料による車の排気ガス、工場からの排気ガスなどを最小限度にくい止める
  13. 医療機関側も不必要な薬物投与や不必要な検査は控える。
  14. プラスティックなどの石油製品をなるべく避け、天然素材を使用する
  15. 過度の食塩摂取や食品添加物を含んだ食品をできるだけ避ける

以上が、この表から導き出した、癌死を避けるための15か条になります。ここでも改めて何より強調しておかなければならない事は、間接喫煙による他人への健康被害です。この見えない緩やかな殺人的行為を喫煙者は重々知っておかねばなりません。
しばらく外国に滞在し、成田に到着して、まず気付くのはタバコの煙の臭いと蒸し暑さです。蒸し暑さは我が国の地理的条件ですからやむをえないとして、タバコの臭いが国の玄関口で迎えてくれるというのは、先進国の仲間を自負する国として如何のものでしょう。

表 癌死の原因と考えられる種々の因子

癌死原因・因子
(推計確率)
Doll and Peto
( % )
Miller
( % )
Harvard
( % )
1. タバコ 30 29 30
2. 食事内容 35 20 30
3. 感染 10 5
4. 職業 4 9 5
5. 家族歴(遺伝) 8 5
6. 性生活歴 7 7 3
7. 座位の仕事 5
8. 誕生・生育歴 5
9. 地理的条件 3 1 2
10. 飲酒 3 6 3
11. 経済的因子 3
12. 環境汚染 2 2
13. 薬物・医療的因子 1 2 1
14. 工業産物 1
15. 食塩・食品添加物 1

 


【参考文献】

  1. Am Cancer Soc: Statistics for 2004
  2. Leonard B: Cancer Prevention and Control. Healthy Maine 200: A Decade in Review
  3. Ezzati M, Lopez A: Estimates of global mortality attributable to smoking in 2000. Lancet 362: 847-852, 2003
  4. Shafey O, Dolwick S, Guindon GM: Tobacco Control Country Profiles. Atlanta: American Cancer Society. http://www.globalink.org/tccp: 2003
  5. 野口行雄:全ての癌の原因は喫煙(タバコ)であるーその証明と発癌論. http://www.anti-smoke-jp.com/cancer/hatsugan.htm: 1999

2010年11月 3日 (水) コラム『平成養生訓』

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